何気なく過ごしている生活の中で、
無自覚に行動していることが実に多いです。
それは、親との関わり、地域のとの関わり、時代からの関わりなどが
影響し、自分自身の常識となっているのかもしれません。
私は慌てるところがあります。
これは私にとっては、とても自然なことです。
しかし、良いことではありません。
そこで、ちょっと待てよ!と想いと行動を止める。
1日の行動を振り返った時でも良いので、
省みることをお勧めします。
その時どのようなことを考えていたか。
なぜ、慌ててしまったのか。
刺激に反応してしまったか。
本来の行動はどうするべきだったのか。
などと想いを巡らせます。
刺激に反応して行動することは、
本来の生き方ではありません。
その時の本来すべきことを深く考えるべきです。
習慣力とその時のエネルギーの流れは非常に強く、
それを本来の生き方(正解)を導くには、
努力と根気が必要です。
私がある宗教団体に入信していたことは前にも記載しました。
しかし、宗教は所詮、教祖様の教えに従って生きれば功徳がある。
と言うものでしたので、現在は退会しています。
その会合の場、年配の女性が話しました。
「こんなめにあったら、怒って当然よ!」とその女性が言いましたので、
私が、
「そこで違う考え方はできないですか!例えば笑うとか?」と言いました。
そうすると、その女性は何か気がついたようです。
それ以来その女性は、以前のように苦虫を潰したような表情から、
柔和な表情へと変化していきました。
たったの一言二言です。
その人は変わりました。
論語の学而に書かれている。
一日に三省す。と書かれていますが、
省みることをしていない。
無自覚な生き方になってしまっています。
自分なりの本来の生き方を模索するべきだと感じています。
それには習慣力とその場のエネルギーの流れに、
うち勝たなければなりません。
私の場合ですと、慌てることを振り返ることです。
なぜ、慌てるのか?!
本来の行動は!
慌てることの原因を探らなければなりません。
その時の呟きは。
どのような気持ちか言語化する。
本来の行動はどうすればいいか。
初心に帰って考え直す。
初心忘るべからず。
です。
振り返ることは客観的ではいけません。
主観的に振り返らないと実行の原動力にはなりません。
あくまでも実行することが前提です。
最近一日を振り返ることはありませんでした。
一日に三省す。
と書かれているように、
一日を振り返る時間が必要なのかもしれません。
よくよく考えるべき点です。
最後までご覧頂きありがとうございます。
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