勉強することについて考えている。勉強することは大切なことですが、具体的なやり方がどうして良いのかがわからない。時々呆然として何もしない時間がある。
願い目的がはっきりしていないのかもしれない。その辺から考え直す必要がある。動機は何か。勉強はし続けることです。誰に言われてするものでもありません。
楽しくなるようなことを勉強すれば良いのかもしれません。私の場合どうしても思考停止に陥る時間があるようです。
何かをしなくてはいけない。と思いながら、全く思考は停止し行動も出来ていない状況です。明確な目的や願いがないのかもしれません。
今の現状は決して良いとは言えません。なんとか打開しないといけません。その鍵は何か。差し当たって思いつきません。非常に困ったものです。
絵にすると、壁の前に向かって呆然としている人、
時間が必要なのかもしれません。ボーッとしている時間にも意味があるのかもしれない。そのような時間を経ないと先に進むことができないのかもしれません。
時間は非常に大切なものです。しかし、何かをしないともったいないものでもあります。何もしないのは決して良いとは言えません。何か対策を立てないといけません。
考えてみると、時間を有効に使うことを考えていないのかもしれません。例えば、お客様の物件の点検をすることを考えてはいるが、その電車の中で本を読むこととか、スマホを使って何かをするとかは全く考えてはいません。
そこから考え直さないと解決しないかもしれません。概念に時間を有効利用しようとすることを考えていないなら、初めから何かをすると決めれば良いことになります。
今回の話は、勉強をしようとしているが、どうして良いかわからない時間がある。と言うことです。どうしたらいいか。自覚的に生きることが求められている。
自覚的に生きることは、無為に過ごす時間を減らすことになります。言葉にすることが自覚して生きることの第一歩だと感じています。
仕事の時間は、どうしても待ち時間や移動時間などがかかりその時間は他のことに費やすることはできません。その時間も含めての仕事の時間になります。
最近は有効時間の活用については全く考えていませんでした。仕事のことにしか考えが及ばずその他のことには目が向きませんでした。
この話の結論は、隙間時間に勉強することの習慣化なのかもしれません。それには目的願いのより具体的にしていくことが大切だと感じました。
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