新築工事には、大まかに基礎工事、構造躯体工事及び外装工事、内装工事の順で実施します。また、地鎮祭は、基礎工事の前、上棟式は棟上げ後に実施するようです。私の家の場合は、上棟式を基礎工事後の最初の柱が立って時に実施しましたが、本来なら棟上げ後に実施するのが一般的のようです。今から考えると棟上後何もしなっかたので、職人さんが寂しそうでした。しかしながら基礎の上に最初の柱が立つのも一つのドラマになります。
今回は、現場監督について、振り返ってみたいと考えます。現場監督は小柄で年齢は二十代後半から三十代前半くらいの歳で非常に几帳面な印象がありました。特に内装工事に入ってからは、職人の仕事に不備があればにやり直しさせていました。年配の職人は煙たがっていました。現場監督は非常に頑固な一面がありました。頑固の良い面と悪い面を両方見せてもらって感じです。仕事に対する責任感や正確さ、悪い面は、融通性のなさやこちらの話を聞かないところがあります。
休日の朝に新築の進捗状況を見に行くと、現場監督から「おはようございます。」と挨拶され、昨日の作業状況の確認とともに掃除をしていました。朝は8時くらいには来て、夕方は17時くらいに帰るようです。職人さんが残って作業をしているときは別ですけど、大体は17時前後に終わりにしていました。非常に朝から晩まで勤勉に働いていた印象がありました。
3Fのレイアウトの変更をお願いしたことがありましたが、簡単に断られました。当初の材料を発注した後だったかもしれません。口の聞き方や物腰は謙虚でしたが、事が作業の話になると信念があるというか、自分の決めた通りにやらないと気が済まない感じがしました。
現場監督と主に色々な交渉があったのは、3月から4月上旬でした。4月中旬になると清掃作業や今まで実施した作業の補備修正をするようになりました。3Fの通路は狭く暗いところがあります。その場所を巨漢の職人さんが塗装していたのを思い出しました。私が現場監督に「ここは細い人でないと無理でしよねえ。」と言いました。すると「ちゃんと塗る事ができますので心配しないでください。」と言われました。少々私との論点が違いますが、承諾しました。
引き渡しが4月30日でしたがその2日ほど前に引き渡しの説明がありました。その後ささやかながら昼食会になりました。建設会社の社長と息子さん及び現場監督がいました。労をねぎらいながら世間話をした記憶があります。社長の息子さんも現場責任者になっていましたがほとんど現場監督任せて現場に足を運ぶことはありませんでした。。程なく昼食会は終了しました。その後社長さんと息子さんは帰りましたが、現場監督は留まり今まで実施した作業を眺めていました。しばらくして現場監督が泣いているのを見てもらい泣きしました。万感迫るものがあったのかもしれません。
現場監督がたびたび漏らしていたことが、やめて実家に帰ると言っていました。この新築工事が辞める前の最後の工事でした。力に入れかたが違ってました。工事が休みの日も来て見ていました。私の自宅はこの現場監督の傑作の一つだと考えています。文字通り血と汗と涙の結晶と言っても過言ではありません。ここに住む者にとって最高の幸せと考えています。
まとめです。今回は自宅新築時の現場監督の話をしました。何かの参考になれば嬉しいです。
コメント